 
フィレンツェ(Firenze)はイタリアのトスカーナ州フィレンツェ県に属する人口36万人の都市である。トスカーナ州の州都、フィレンツェ県の県庁所在地であり、近郊の人口は約20万人。
【語源】 古代ローマ時代、花の女神フローラの町としてフロレンティア(Florentia)と名付けた事が語源とされている。周辺国では、フィレンツェのことを Florence(英語・フランス語)、Florenz(ドイツ語)、Florencia(スペイン語)と呼ぶことにもその名残が見られる。
【歴史】
フィレンツェは古代にエトルリア人によって町として建設され、ローマ殖民都市がおかれた。中世には一時神聖ローマ帝国皇帝が支配したが、次第に中小貴族や商人からなる支配体制が発展し、12世紀には自治都市となった。以後、織物業や金融業などが発展してトスカーナの中心都市となり、最終的にはトスカーナの大部分を支配したフィレンツェ共和国の首都になった。
14世紀頃からメディチ家が金融業などで有力になり、コジモ・デ・メディチやその孫のロレンツォ・デ・メディチの時代にフレンツェは全盛時代を迎え、サンドロ・ボッティチェッリ、レオナルド・ダ・ヴィンチ、ミケランジェロ、ラファエロなどの巨匠が活躍するルネッサンス文化の中心地となり、学問・芸術の大輪の花が開いた。
その後、修道士サヴォナローラの独裁などを経て、16世紀にはフィレンツェはメディチ家の支配するトスカーナ大公国の首都となったが、政治的・経済的に次第に衰退した。
18世紀から19世紀まで、ナポレオン時代を除いてハプスブルク家の支配下にあり、1860年にイタリア王国に合併された。1865年から1870年の5年間は、イタリア王国の首都であった。
【産業】
観光業、繊維工業、金属加工業、製薬業、ガラス・窯業、ジュエリーや刺繍などの工芸が盛んである。 観光はサンタ・マリア・デル・フィオーレ大聖堂、サンタ・クローチェ聖堂、サン・ロレンツォ聖堂、サンタ・マリア・ノヴェッラ教会、ウフィツィ美術館などの歴史的な建造物が中心である。
貴金属、靴、皮ジャケットなどの革製品、フィレンツェ紙や、手作り香水や化粧品、焼き物など、伝統的手工芸製品の小売店も多い。
【日本の姉妹都市】
京都、岐阜。
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